0両 現役車なし
1962年に20両が登場した。荒川線の存続決定前では、最後の新形式となった。
8800形に置き換えられて、2011年3月13日を最後に営業運転から引退し、3月31日に最後まで残った7511と7512が廃車され、形式消滅した。
諸元表
7509、7514、7517、7519(未改造) | 7504、7508(ワンマン改造) | 7501~7503、7505~7507、7510~7513、7515、7516、7518、7520(車体更新) | |
---|---|---|---|
最大寸法(長さ×幅×高さ) | 12,520×2,203×3,550mm | 12,520×2,203×3,550mm | 12,520×2,203×3,890mm |
定員(座席) | 96(24)人 | 96(21)人 | 96(24)人 |
自重 | 15.5t | 15.5t | 16.5t |
集電装置 | ビューゲル | ビューゲル | パンタグラフ シングルアームパンタ |
制御方式 | 間接非自動抵抗制御 | ||
駆動方式 | 吊り掛け | ||
主電動機出力 | 60.0kw×2 | ||
台車 | D23 |
車号 | 冷房 | 集電装置 | 製造年(更新年) | 製造所(更新所) | 現在 | 車齢(更新後)(年) |
---|---|---|---|---|---|---|
車号 | 冷房 | 集電装置 | 製造年(更新年) | 製造所(更新所) | 現在 | 車齢(更新後)(年) |
7501 | あり | シングルアームパンタ | 1962(1986) | 日本車輌製造(アルナ工機) | 2010年3月31日廃車 | 48(24) |
7502 | なし | ビューゲル | 1962 | 日本車輌製造 | 1986年3月31日廃車 | 24 |
7503 | あり | パンタグラフ | 1962(1984) | 日本車輌製造(アルナ工機) | 2009年6月1日廃車 | 47(25) |
7504 | なし | ビューゲル | 1962 | 日本車輌製造 | 2001年12月20日廃車 | 39 |
7505 | あり | パンタグラフ | 1962(1986) | 日本車輌製造(アルナ工機) | 2011年1月31日廃車 | 49(25) |
7506 | あり | パンタグラフ | 1962(1986) | 日本車輌製造(アルナ工機) | 2008年1月31日廃車 | 46(22) |
7507 | あり | パンタグラフ | 1962(1984) | 日本車輌製造(アルナ工機) | 2008年3月31日廃車 | 46(24) |
7508 | なし | ビューゲル | 1962 | 日本車輌製造 | 1986年3月31日廃車 | 24 |
7509 | なし | ビューゲル | 1962 | 日本車輌製造 | 1978年4月27日廃車 | 16 |
7510 | あり | パンタグラフ | 1962(1986) | 日本車輌製造(アルナ工機) | 2011年3月7日廃車。花100に改造 | 49(25) |
7511 | あり | パンタグラフ | 1962(1987) | 新潟鉄工所(アルナ工機) | 2011年3月31日廃車 | 49(24) |
7512 | あり | パンタグラフ | 1962(1985) | 新潟鉄工所(アルナ工機) | 2011年3月31日廃車 | 49(26) |
7513 | あり | パンタグラフ | 1962(1985) | 新潟鉄工所(アルナ工機) | 2009年6月1日廃車 | 47(24) |
7514 | なし | ビューゲル | 1962 | 新潟鉄工所 | 1978年4月27日廃車 | 16 |
7515 | あり | パンタグラフ | 1962(1985) | 新潟鉄工所(アルナ工機) | 2009年6月1日廃車 | 47(24) |
7516 | あり | パンタグラフ | 1962(1984) | 新潟鉄工所(アルナ工機) | 2010年3月31日廃車 | 48(26) |
7517 | なし | ビューゲル | 1962 | 新潟鉄工所 | 1972年11月15日廃車 | 10 |
7518 | あり | パンタグラフ | 1962(1986) | 新潟鉄工所(アルナ工機) | 2010年3月31日廃車 | 48(24) |
7519 | なし | ビューゲル | 1962 | 新潟鉄工所 | 1972年11月15日廃車 | 10 |
7520 | あり | パンタグラフ | 1962(1985) | 新潟鉄工所(アルナ工機) | 2011年1月31日廃車 | 49(26) |
7501
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1986年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。さらに、2000年頃にシングルアームパンタに交換されている。
8803~8805の登場により、2010年3月31日に廃車された。
塗色の変遷
7500形色
~2000/10
日専連荒川・荒川専門店会の広告
2000/11~、2001/6/10、2002/11/3
7500形色
2005/6/11、2005/10/1、2006/6/10
アーデル大塚C・スクエアの広告
2007/1/21
ショップチャンネルの広告
2007/5/27、2007/9/29、2007/12/24、2008/2/25、2008/4/5、2008/6/14
7502
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けたが、その後の車体更新は受けず、1986年3月31日に廃車された。
廃車後は、1991年からピンク地に白帯に塗装されて大田区の萩中交通公園で保存されていたが、2003年に解体された。
7503
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1984年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
2009年6月1日に廃車された。
塗色の変遷
7500形色
~2001/3
割烹浦島の広告
7500形色
2005/6/11
東日本銀行の広告 (1)
2005/10/1、2006/6/10
東日本銀行の広告 (2)
2007/1/21、2007/5/27、2007/6/9
企連協の広告
7504
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後は、車体更新は受けず、ほぼ都電全盛期の姿で唯一残っていた。しかし、1998年10月に休車となり、営業運転に入ることなく2001年12月20日に廃車された。
その後、荒川車庫で保存されていたが、都電おもいで広場が整備され、2007年5月26日より静態保存展示されている。
塗色の変遷
青帯
1997/1/29、2002/5/6、2003/1/25、2006/6/10、2007/5/26、2008/5/6
7505
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1986年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
2006年6月13日に追突事故を起こして休車となっていたが、その後、修理されて復帰している。
8800形の増備により、2011年1月31日に廃車された。
塗色の変遷
難民を助ける会の広告
2000/9~
7500形色
2001/9/30、2002/2/16、2002/5/6、2002/10/27
大起エンゼルヘルプの広告
2005/6/11、2006/6/10、2007/12/24、2008/2/29、2008/4/5、2008/6/7、2008/9/19、2009/1/29、2009/3/7、2009/4/4、2009/11/12、2010/10/11
7506
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1986年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
都電初の広告車となり、2000年5月31日からサンシャイン国際水族館の広告車として運行を開始した。
2008年1月31日に廃車された後、台東区に譲渡され、かつて池之端二丁目(池之端七軒町)停留所があった台東区池之端二丁目の池之端児童遊園で保存されている。
塗色の変遷
サンシャイン国際水族館の広告
2000/5/31~、2001/6/10、2001/9/30、2002/2/16、2002/5/6
7500形色
2002/6/29、2005/6/11、2005/10/1
大起エンゼルヘルプの広告
2007/1/21、2007/5/26、2007/9/29、2007/12/24
7507
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1984年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
2008年3月31日で営業運転を終了し、廃車された。
塗色の変遷
東京ケーブルネットワークの広告
7500形色
2005/6/11
東京都畳材料商業協同組合の広告
警視庁・東京都の広告
2008/3/30
7508
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けたが、その後の車体更新は受けず、1986年3月31日に廃車された。廃車後、板橋区大山西町の板橋交通公園で保存されている。
塗色の変遷
青帯
7509
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造は受けず、1978年4月27日に廃車された。
7510
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1986年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
8800形の増備により、2010年11月に営業運転から引退し、花100に改造された。2011年3月7日付けで花100に変更されている。
塗色の変遷
大起エンゼルヘルプの広告
2000/8~、2001/6/10、2002/5/6
7500形色
2002/10/5、2002/11/3
オートショップスガハラの広告
2003/6/15
慶應進学会の広告
2005/6/11、2005/10/1、2007/1/21、2007/4/5、2007/6/9、2007/8/3
サンクスの広告
2007/9/29、2007/12/24、2008/2/29、2008/4/5、2008/5/6
co・opdeliの広告
2010/8/25
7511
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属し、柳島車庫が廃止された後、荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1987年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
2010年6月6日から阪堺電車とのPR相互乗り入れとして、阪堺の旧塗色になった。
塗色の変遷
オートショップスガハラの広告
2000/11/28~、2001/6/10、2002/11/3
割烹熱海の広告
2005/6/11、2005/10/1、2006/6/10、2007/4/5、2007/5/27、2007/6/9
co-op deliの広告
2007/12/24、2008/4/5
東京消防庁の消防団員募集の広告
2008/8/25~9/24
7500形色
2009/9/27、2009/11/12
阪堺電気軌道の旧塗色
7512
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属し、柳島車庫が廃止された後、荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1985年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
塗色の変遷
7500形色
2001/6/10
ときめきメモリアルの広告
2002/2/16、2002/10/5
のぞみ証券の広告
2005/10/1、2007/5/26、2007/8/3、2008/2/29、2008/4/5、2008/6/7、2008/9/27、2009/1/29、2009/3/7、2009/4/4、2011/3/10
7500形色
2011/6/12
7513
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属し、柳島車庫が廃止された後、荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1985年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
塗色の変遷
赤帯
青帯
割烹料亭熱海の広告
2000/8~、2001/6/10、2002/06/29
7500形色
2002/11/3、2003/1/25、2005/6/11、2005/10/1、2006/6/10
都立荒川商業高等学校の広告
2007/1/21、2007/5/26、2007/6/9、2007/9/29、2008/2/29、2008/4/5、2008/6/7、2008/9/19、2008/9/27、2009/1/29、2009/3/7、2009/4/4
7500形色
2009/9/27
7514
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属し、柳島車庫が廃止された後、荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造は受けず、1978年4月27日に廃車された。
廃車後も、荒川車庫で静態保存されていたが、東京都小金井市桜町三丁目の江戸東京たてもの園で保存されることになり、青山車庫で活躍していた頃に復元して、1998年10月16日から公開された。江戸東京たてもの園には貸与されている。
塗色の変遷
赤帯
1988/12/3、1991/11/14、1999/10/16
7515
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属し、柳島車庫が廃止された後、荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1985年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
塗色の変遷
青帯
7500形色
2001/6/10
ライオンズマンションの広告
7500形色
2002/10/5、2002/11/3
走れ!hanapooの広告
2005/6/11、2005/10/1
レクセルマンション上野入谷の広告
2006/6/10
7500形色
2007/1/21、2007/5/26、2007/6/9、2007/12/24、2008/4/5
7516
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属し、柳島車庫が廃止された後、荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1984年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
8803~8805の登場により、2010年3月31日に廃車された。
塗色の変遷
青帯
都電もなかの広告
2000/7頃、2001/6/10、2002/5/6
7500形色
2002/6/29、2003/1/25
走れ!hanapooの広告
2005/06/11、2005/10/1
7500形色
2007/1/21、2007/4/5、2007/5/26、2007/6/9、2007/9/29、2007/12/24、2008/2/29、2008/3/30、2008/4/5、2008/6/7、2008/9/27、2009/1/29
都立荒川商業高等学校の広告
2009/4/4
7517
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属した。柳島車庫の廃止と共に、1973年11月15日に廃車となった。
7518
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属し、柳島車庫が廃止された後、荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1986年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。
8803~8805の登場により、2010年3月31日に廃車された。
塗色の変遷
7500形色
2001/9/30
早慶外語ゼミの広告
2002/2/16、2002/6/29、2003/1/25
7500形色
2005/10/1
シナリーの広告
2007/1/21、2007/5/26、2007/8/3、2007/9/29、2008/4/5、2008/5/6
7519
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属した。柳島車庫の廃止と共に、1973年11月15日に廃車となった。
7520
新製時は青山車庫に配置されたが、青山車庫が廃止されると柳島車庫に転属し、柳島車庫が廃止された後、荒川車庫に転属した。荒川線のワンマン改造を受けた後、1985年には車体更新された。車体更新後、しばらくはビューゲルであったが、パンタグラフに交換された。1994年に車体改修されている。
塗色の変遷
青帯
日本通運ペリカン便の広告
2000/7頃~、2001/9/30、2002/2/16、2002/5/6
7500形色
2003/1/25
早慶外語ゼミの広告
2005/6/11、2005/10/1
7500形色
2007/1/21、2007/4/5、2007/5/26、2007/8/3、2007/9/29、2007/12/24、2008/2/29、2008/3/30、2008/6/7、2008/9/27
ハクビの広告
2009/1/31